TIMELINE
CATEGORY 01 — No.014
医科研の記憶と日常を、スナップで。
写真で見る、歴史といま―キャンパス内の出来事、風景、研究の現場。
ルーツは北里柴三郎
東京大学医科学研究所は、1892(明治25)年に北里柴三郎博士により設立された大日本私立衛生会附属伝染病研究所を前身としています。写真は、明治32年~大正5年の東大の「履歴書綴」に残っている北里柴三郎の履歴書。伝染病研究が中心だった時代の歴史資料が、医科研正門そばの「近代医科学記念館」に展示されています。
1906
「伝研」、白金台に新たな研究拠点
1899(明治32)年4月、内務省の所管となった研究所は、国立伝染病研究所、通称「伝研」として新たな時代を迎えます。事業の拡大に伴い、白金台への移転工事が始まったのは1905(明治38)年6月。日露戦争の勝敗を決定づけた日本海海戦からわずか1か月後のことでした。翌1906(明治39)年6月、新たな研究拠点がこの地に完成しました。
20220405
医科研病院からの景色
病院棟の最上階、8階にある大会議室「トミーホール」。市民公開講座などの会場にもなるため、訪れたことのある方もいるかもしれません。日が暮れると、窓の向こうには東京の街を彩る無数の明かりが広がり、昼間とは違う表情を見せてくれます。普段は一般の方が自由に立ち入れる場所ではないからこそ、少し特別な一枚です。
20230915
港区にいることを忘れる、緑と静けさ
地下鉄・白金台駅方面から正門をくぐると、鳥のさえずりと季節の草花に包まれた道が続きます。その先に姿を現すのが、レンガ造りの1号館。1934(昭和9)年から1937年にかけて建てられ、今も変わらない佇まいで訪れる人を迎えています。
20240726
ポスター賞受賞!
第31回肝細胞研究会での一コマ。ヒトiPS細胞を用いて「臓器」を創り出すことを目標に研究している谷口英樹研究室から青嶋研治さん(中央・修士課程2年)と奥村歩さん(左・博士課程2年)、谷水直樹准教授が参加。青嶋さんは優秀ポスター賞を受賞しました。
20240126
「μ」の世界
マウス肝臓と、移植したヒトiPS細胞由来の肝臓オルガノイド (人工ミニ臓器)の間に形成された血管構造を共焦点レーザー顕微鏡で撮影。1μm(マイクロメートル)は1000分の1mm。ヒト細胞は10~30μm、赤血球は7~8μm、ウイルスは約0.1μmです。肉眼では見えない世界を見つめ、生命や病気の仕組みを解き明かす研究に挑んでいます。
Photo credit: Ayumu Okumura, Division of Regenerative Medicine. Source: Tadokoro et al.,Science Translational Medicine (2024). Still image from supplementary movie, used with permission from the authors.
20250930
奄美大島・古仁屋
医科研の本拠地は港区白金台ですが、その研究拠点は遠く鹿児島県の奄美大島にもあります。島の南部、古仁屋(こにや)地区にある「奄美医科学研究施設」。熱帯・亜熱帯地域の感染症克服を目指す研究施設で、国内でも数少ない、サルなどの非ヒト霊長類を用いた感染実験が可能な環境を備え、感染症やワクチン研究の一翼を担っています。写真は施設近くの高知山展望台より。
20260530
創立記念シンポジウム
1967年6月1日、伝染病研究所から医科学研究所に改組されました。毎年5月末に医科研創立を記念したシンポジウムを開催しています。ポスター発表は、所内の研究者や学生たちが、分野の垣根を超えてつながる場となっています。
20260716
海外からの見学者
医科研には、患者さんから生体試料・臨床情報を収集し、保管している疾患バイオバンク「バイオバンク・ジャパン」(BBJ)があります。カリフォルニア大学サンディエゴ校の学部生22人と引率のStanley Lo教授がBBJを訪れ、DNA保管庫と血清保管庫を見学しました。
20260806
公開講座「ラブラボ」
今年の「ラブラボ」の5人目の講師は長崎大の肥田野新先生。「なぜ、郵便番号が寿命を決めるのか?」をテーマに、疫学の観点から住む国・地域、社会の在り方によって寿命が左右されることを講演されました。