STORY OF LIFE
CATEGORY 01 — No.014
去年今年貫く棒の如きもの
准教授 長村登紀子
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セルプロセッシング・輸血部

中学生の頃、新年のあいさつの中で父が私に教えてくれた言葉が「去年今年貫く棒の如きもの」でした。「物事がうまくいっていない時であっても、その苦しい経験があるからこそ、人は前へと進むことができる。だからこそ、一本の棒のように決してぶれない大切なものを持ちなさい」という意味を込めた教えでした。当時は単に良い言葉だなと感じて心に留めていただけでしたが、後になって、それが高浜虚子の名句に由来していることを知りました。
中学時代から「人のためになる仕事をしたい」と想うようになり、医師の道を志しました。大学の医学部時代から特に関心を寄せていたのが、白血病をはじめとする血液の病気です。一般的な診療科では、外科が手術を担い、内科と連携を取りながら診療を進めるケースが多いですよね。しかし、血液内科には手術がありません。診断から治療、その後の経過観察に至るまで、すべてのプロセスを自分で一貫して診ることができる点に大きな魅力を感じました。「すべてを自分で診るなんてカッコいい」と、若き日に抱いた素直な憧れが、私の医師としての原点です。医科研に赴任して36年になりますが、臨床の現場で患者さんと向き合いながら、研究者として新たな治療法を探求し続ける毎日を送ってきました。
ここまでの道のりは、決して順調ではありませんでした。現在の医学部では女子学生の割合が約4割に達しているようですが、当時はわずか1割程度と、圧倒的な男性社会でした。それでも不思議とつらいと思ったことはありませんでした。ただ、女性の医師や研究者にとって、キャリアと家庭との両立は今も昔も非常に切実な課題です。私自身、職場で出会った夫とともに米国へ留学した際、上の子は2歳、下の子は生後3か月ほどの乳幼児でした。出産や育児のために第一線から一時離れ、その後復帰を果たしたものの、やはりブランクによる影響を感じましたし、その後も家庭との両立は本当に大変でした。
だからこそ、何か一つに焦点を絞り、諦めずにやり続ける姿勢が大切なのだと感じています。産休や育休などでキャリアに空白ができる時期があっても、歩みを止めなければ挽回できるチャンスは必ず巡ってきます。父の教えにあった「一本の棒」のような信念を胸に、前を向いて歩み続けてほしいです。
何より、支えてくれる家族がいるからこそ頑張れること、乗り越えられる局面が人生にはたくさんあります。オンとオフをしっかりつくって、楽しみながら過ごしてほしいですね。

Q. 臍帯・臍帯血バンクをはじめ、数多くの新しい取り組みをご自身で立ち上げ、軌道にのせてこられました。その原動力となっているものは何でしょうか。
「人の役に立つこと」、そして、「ドナーさんの負担をなんとか軽くできないか」。そんな思いからでしょうか。1990年、骨髄バンク設立に向けた活動が始まった年から、私は医科研で骨髄移植のための骨髄の採取に携わるようになりました。そこで直面したのがドナーの負担が大きいという現実でした。だからこそ、「臍帯血移植」の重要性を感じるようになり、臍帯・臍帯血バンクの立ち上げに至りました。現在は、臍帯・臍帯血に含まれる間葉系細胞を再生医療に応用する臨床研究も始まっています。信じてやってきたことが治療方法として確立されるところまであと一歩。大変だけれど役に立てば「嬉しい」し、「楽しい」と思っています。
井元清哉先生 数学者である井元先生の頭の中はどうなっていますか?
准教授 長村登紀子
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セルプロセッシング・輸血部
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セルプロセッシング・輸血部
輸血検査・製剤管理から造血幹細胞移植、再生医療・細胞療法まで幅広く携わっています。臍帯血や臍帯由来間葉系細胞のバンキングと臨床応用に向け、研究室や企業と連携して研究開発を進めています。
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